酒井隆史「ブルシット・ジョブの謎」

人類学者デヴィッド・グレーバーの「ブルシット・ジョブ ― クソどうでもいい仕事の理論」(2018)は、400頁を超える分厚い、大型本で、過剰なまでの饒舌さに、読み続けることをギブアップした本である。その解説本にあたるこの書も、読みごたえのある本で、解説本などと軽く見てはいけなかった。何よりも筆者の日本社会に対する視座が、私にはとても真っ当な感じがする。

デヴィッド・グレーバー氏は、残念ながら59歳で亡くなった人類学と歴史学の研究者で、「もうひとつの世界は可能だ」をスローガンにもつグローバル・ジャスティス運動にも参加する、良心的な人だったようだ。

「ブルシット・ジョブ(BSJ)」、それは、意味もない仕事なのに、それを続けることが要請されていて、しかも報酬はきちんとでる、そんな仕事だ。グレーバーは、BSJの種類として、取り巻き(flunky)、脅し屋(goons)、尻ぬぐい(duct tapers)、書類穴埋め人(box tickers)、 タスクマスター(taskmasters)などと類型化して挙げている。task mastersのように、不要な上司、不要な仕事をつくりだす上司などと言う類型は、それだけで溜飲が下がる向きもあろう。

しかし、グレーバー氏のBSJを論じる狙いは、そんなところにあるのではなさそうだ。あまり理解できてはいないが、グレーバー氏が問題とするBSJは、新自由主義によって生まれてきたものだ。そして、パンデミックのロックダウンによって、エッセンシャルワーカーは報酬は少ないが本当に必要な仕事であるとわかった。それに対して、多くのBSJはなくても全く問題ないとわかった。

グレーバー氏は、「いまわたしたちはすでに一日3時間労働や州15時間労働ですんでいるはずなのだ、なのに、そうなっていないのはなぜか、という問い」の答えとして「ブルシット・ジョブ」があるという。昔、労働はタスク指向で、仕事が終われば帰ったのに、いつか時間指向となり、ブルシット化の一因となった。

「19世紀後半になってもアメリカにおいてすら、労働者は自分の休みたいときに休んで、自分の帰りたいときに帰るといった経営者の嘆きがたくさん残されて」いるという。それが、「仕事のための仕事、つまり、誰かを働かせるために「でっちあげられる」仕事、やがてBSJというかたちをとるこうした仕事」、「make-work」、が生まれてゆく。そして、労働者による労働こそが価値の源泉であるという労働価値説から、消費者の主観、経営者こそ創造の源であり価値を生産する主体である、という発想へと転換されてきた。

グレーバー氏か、筆者の意見か、そのあたりは判然としないが、いずれにしても、かなり新自由主義に対する批判が強い。たとえば、教員のストライキに対する反発が強いのは、「他者にとりわけ奉仕する価値ある仕事だからこそ、ふつうの労働者と同じように物質的条件をもとめてその崇高な仕事を放棄するなどあってはならないとする観念」があり、無意味で苦痛であればあるほど価値があり、人間を一人前の人間にするものであるという感性もある。こういう感性がエッセンシャル・ワークは報酬が少ない理由の一因になっているに違いない。

こうした発想の背景には、「長年にわたるネオリベラリズムによる「絶望」の生産があります。ネオリベラリズムは、理念に掲げているはずの経済面にかんしては失敗つづきでした」。

「ネオリベラリズムとはなによりも競争構造の導入によって特徴づけられ」、そのために比較対象のための数量化、「会計文化」、「格付け文化」の蔓延、市場原理の貫徹とむすびついた「不条理なまでの官僚主義化」をまねくこととなる。 官僚制の肥大とともに、「慢性改革病」も出現するか、それは、決して改革に結び付かない。

サービス産業が拡大していると言われるが、「古典的なサービス業は、ここ10年で横ばい。増えているのは、行政官、コンサルタント、事務員や会計スタッフ、IT専門家など」で、「経営封建制」を支える「専門的管理者階級」が増大している。企業は、レント取得による利潤を、このようなBSJに投入している。

「巨額の資金が動くとき、その分配にかかわるシステムにすきまがあれば寄生者のレイヤーがつくりだされる。この力学は日本でも、即座に思い浮かぶ事例がないでしょうか? 現在の政権あるいは政府と電通とかパソナとの関係ですね」。なかなか、話の分かる人だ。






酒井隆史「ブルシット・ジョブの謎」(講談社現代新書2021.12.20 )
第0講 「クソどうでもいい仕事」の発見
第1講 ブルシット・ジョブの宇宙
第2講 ブルシット・ジョブってなんだろう?
第3講 ブルシット・ジョブはなぜ苦しいのか?
第4講 資本主義と「仕事のための仕事」
第5講 ネオリベラリズムと官僚制
第6講 ブルシット・ジョブが増殖する構造
第7講 「エッセンシャル・ワークの逆説」について
第8講 ブルシット・ジョブとベーシック・インカム
おわりに 私たちには「想像力」がある

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