Dora_Papaのプロジェクトマネジメント(11)「C章. 会議体と会議について」

 伝統的な日本企業は、「プロセスの代わりに会議をしている」とは、私の持論である。 プロジェクトについても、それは同様だ。 プロセスを好まない企業のプロジェクトは、長い会議ばかりすることとなる。 文化は修正しようがないとして、どう、会議を効率的にするかを考えよう。

会議について、勇ましい両極端の意見がある。 
 ・ 「何時になろうとも、解決するまで、会議はやるのだ」と言う意見
 ・ 「なにが起ころうとも、一時間でやめるのだ」という意見。
 もちろん、どちらが正しいかは、文化や状況による。 どちらも勇ましいから、あまり反対の余地がない。 しかし、常識的には、この中の適当なバランスの位置できまる。 

 プロジェクトは、人がやるものだから、どうしても、情報共有の機会が必要となる。 他チームの実施状況を知る機会が必要になる。 とすると定例の会議体は、自然、各チームの状況報告会の傾向が強まる。 10回に1回くらいは、その中で問題が発見されるから、それなりに価値がある。 ただし、人の報告をまじめに聞いていればだが。ルーチン化して、あまり、人の報告を聞かなくなったら、発表の順番をプロジェクトリーダーの指示でその都度決めるとかするとよい。 また、報告内容について、都度、他チームに意見を求めるファシリテーションが必要となる。 報告会は不要という意見もある。 週次の報告書を読めばよいのだからと。 それは正論だが、多くの日本企業では、報告書などほとんど読まないから、つまり、ぷろせすの一環にないから、報告の会議も必要なのだ。 必要悪である。

 何かを決める会議は、考え方はやさしい。 ただし、いきなり会議を開いて、その場で決めるなどということは、しない方がよい。 やはり、多くの日本企業では、事前の根回しが必要なのだ。 会議の場で、ふつうは意見はなかなかでない。 意見を強く言う人は限られる。 声が大きければ正しいとは限らない。 プロジェクトリーダーが自分の進みたい方向があれば、その方向に進めるために必要な何人かのオピニオンリーダーと、事前に話し合ってネゴをしておくことだ。 それによって、短時間の会議ですみ、長時間、高いコストをかけて、全員を拘束しないで済む。 

 まだ、20代のころ、エキセントリックなマネジメントから、会議のたびに「お前ら、まだ、会議やってるのか。 会議が始まってから、一体、いくら、金かけたとおもっているんだ」 と、時間給の計算をさせられたこともある。 しかし、言ってることは価値がある

 会議体の計画は、PMBOKでは、コミュニケーション・マネジメントの一環として計画されるが、どう運営するかは、プロジェクトリーダーの知恵次第だ。

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